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の床柱の材種アララギ(イチイ)らしい。
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如庵の写しが展示。

床柱の材種は数説有るらしい。中村昌生先生の本によると「分からない」。

都内某所で如庵の写しを観る機会があったけど、そこは杉。
聞いた話だけど安井杢の棟梁曰く。



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ガラスの裏面から塗装して枠代わり。シールで固定。
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メモ
・大正7年4月上棟。大正8年頃竣工。

・建設時の所有者、藤田好三は渋沢栄一の甥にあたり、渋沢栄一と関係のある清水組が施工

・所有者が無くなった後、相続税の問題から売却取り壊しに成るケースが多いが、建築家、ボランティアや、多額の寄付金により保存修理工事を行い、公開までにいたった。免税団体、日本ナショナルトラストに寄贈することで税金対策をしている。修理にはボランティアによる瓦洗いなどの無償活動によるところが大きい。土地450坪、建物181坪。

・ボランティアの人と同行する形で、グループで見て廻る。おばちゃん曰く「雪の日がお勧め」。季節ごとに催しごと有り。

・「住宅建築2007 12」「安田邸が残った 千駄木の近代和風住宅」に保存修理のプロセス、調査野帳が載っていて、土壁のうえに杉板、杉板の上にクロス貼りと年代ごとに修復の後があり、吊束のカキコミから天井高を変更しているなど、原型からの変遷を説明してる。

・文化財の保存修理の仕事をしたことがあり、同じようなことをやっていて共感できたり、今後の参考になることが多い。

・雁行型に3棟配置。東等、中央棟(2F有り)、西棟。モジュールを3棟で、関東間・京間・中京間とわけている。おもに栂。

・キッチンは当時最先端の「鈴木商工」のキッチン。かっこいい。

・その他。
一部の畳備後本口表。手織り中継ぎ表。金銀砂子細工(蒔絵→金粉、砂子→金箔)。洋間天井の石膏は寒天型。上げ猿、下げ猿の場所に銅板裏打ち。絨毯はウィルトンより色の多いアキスミンスター。間に合い紙。敷桟ツバメ。緞子貼り。枠釣。
セルフビルド―自分で家を建てるということセルフビルド―自分で家を建てるということ
(2008/05)
石山 修武中里 和人

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石山修武が書いた「はじめに」は凄い。

モヤモヤと思っていたことをいってくれてスカッとする。


↓抜粋

『私たちは身の廻りの環境、衣食住の全てを買い求める事に慣れすぎました。大量生産大量消費の世界に、目的も無く漂流しています。目的とは、再びいいますが自己表現すなわち自分を全うしようとする意思のことです。

セルフビルドは身の廻りの環境を作る歴然たる方法です。しかしながら、今の私たちが漂流しているグローバライゼーション=市場至上主義の環境像、具体的には、都市、建築、住宅、部屋、そして、生活の様式、それに属する各種プロダクトの世界、その姿、形と比較すればココに収集した多くの事例はあまりにもかけ離れて見えてしまうのも確かなことです。

あまりにもかけ離れて見えてしまうと、奇妙なユートピアの主義の産物として簡単に片付けられかねない。〜それは本意ではありません。そのように簡単に整理しようとするのも実は想像力じたいの消費社会化が原因なのですがね。

〜今、現在に突き進んできた近代特有の性格は、良き時代のアメリカの精神の代弁者、バックミンスター・フラーがかって総合的に、しかしあまりにも詩的に批判し続けたように社会組織の専門分化への回路の強化でした。その強化のために他のヴィジョン、方法は捨て去られてきた。本当の多様性は市場にとって効率が悪いからです。そのますます標準化された回路を私たちは人間としても、生活様式として考えてみても部品として処理され流通されている。つまり我々の体の表現として生活像も見事に標準化されている。

大量消費大量生産の生活スタイルはすでにイデオロギー化しています。誰もが逃れられない教条として繰り返し繰り返しつくり続けられています。その考え方そのものが、もうコワレ、大量消費教という宗教のようなものなのです。』

↑抜粋


ありとあらゆるものが等価交換可能なものに変換され、ものの価値を全て数値化し、具象的なものが、どんどん抽象化されるという近代の流れに対し、逆の流をつくろうとする内藤廣の考え方に通じる。




自分はこんなたいそれたことは言えないが、できるだけこの消費のサイクルからぬけでた生活を送りたい。自分の職場は同業者の中でも割とこのサイクルからは外れた仕事をしている。転職先に選んだのは、そういうところもあるかもしれない。「建築」はそれをとりまくもので出来ていると言われたりする。「メディア」、「ファッション」、「不動産」そういったものよりも「生活」と深く結びついた建築をしている気がする。


なんでも等価交換できるという考え方をする人は、養老孟司のいう都市化された人間に似ている。仕事では必要なことだけど、日々の生活ではそれはいいとは言えないかもしれない。
トヨタ生産方式―脱規模の経営をめざしてトヨタ生産方式―脱規模の経営をめざして
(1978/05)
大野 耐一

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衝撃的内容。しかも自分が生まれた次の年に出版されている。

製造業は原価低減してこそ。低成長時代、少量多種生産のなかで、いかに無駄の排除を徹底するか。徹底的な無駄の排除と聞くと、面白みの無いイメージが浮かぶけど反対で、そこには象牙の塔にこもらない生き生きとした知恵、実学が展開されている。

無駄なつくり過ぎを無くすためには、必要な部品が必要なときに必要なだけ作業のラインに到着すればよい。部品のストックも無駄な場所をとるので、無くす。そんなことが可能なのか。

「トヨタ生産方式とは、量とスピードを追求するあまりロスを生む、マスプロダクション、マスセールスへのアンチテーゼ」だって。

今までの方法と真逆の発想は、当然社員からの抵抗を受けたみたいですが、地道で半ば君主論的な努力で成し遂げられたらしい。

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